Posts
2687
Last update
2021-05-05 13:22:08

    付き合ってたり結婚してたりする皆様は、マジで気持ちを言葉にさせてもらえるのは稀有な事だから、

    「好き!」とか「愛してる!」とか「ありがとう!」とか「一緒にいて!」とか相手にたくさん言え!

    相手がいない俺の代わりに沢山言ってくれ!!

    なんだろな、俺ほんとはこんな人間じゃなかったんよ。

    もっと他人を羨んで妬んで嫉妬する黒い黒い人間なのに、なんで他人が幸せそうな様子を見て微笑ましくなってるのかわからん。

    こんな白い人間じゃないんだよ俺は!もっと黒い心の人間なんだよ!幸せそうなカップル見て笑顔になる人間じゃなかったんだよ!!なんでだよ!

    kuriz

    “「はっきり言って、リサは解雇しても安全な社員だったから解雇されたんだ。彼女がどんな仕事をしているか、誰と協力しているか、何に責任を負っているかを、われわれはよく知っていた。彼女の仕事はきちんと整理されていた。彼女を解雇したらどんな影響があるかを簡単に理解できた。彼女より能力的に劣る社員、生産性が低い社員、出来の悪い社員もいるが、そうした連中を解雇できないのは、彼らがどんな仕事をしているのか、彼らを解雇したらどんな影響があるのかが、完全には分からないからだ」”

    なぜ几帳面な人ほトラれやのか : ニュ投 (via shibata616) (via rpm99) (via konishiroku) (via petapeta) (via rtaf) (via do-nothing) (via gkojax) (via yellowblog) (via blueskies-jp) (via gkojax-text)

    彼女彼氏がいるって、そりゃもちろん承認欲求みたいなものもチャージし合えると思うけど、

    「自分の中の愛情を向けていい」って言ってくれるのってほんとに恵まれてるんだよ。

    幸福な事なんだぜ。

    だからパートナーがいる人は、精一杯、内側にある愛情をその人に捧げてほしいと思う。

    4月から社会人になった人へのアドバイスだが

    本当にアドバイスが欲しいのならそれをネットには求めず、肉親・友人・同僚・上司に相談すべきだ

    なぜなら貴方の行動がどんな結果を伴ったとしても、ネットは一切その責任を取ってくれないからだ

    あなたが思うほどにあなたは孤独ではないしあなたの周りは無能ではない

    あなたのことを本当に考えてアドバイスしてくれる人が誰なのかはちゃんと考えるようにしよう

    ただ、おひるごはんのアドバイスだの愚痴だのをこぼしたくなった時はここにそれを求めるのがよい

    ここは元々そういう場所なのだ

    https://twitter.com/d1_earth/status/1381258081565241346

    quote-over1000notes-jp

    “【こうして(スタッフとの)打ち合わせ通り、私はご本人を前にして、できるだけ失礼にならないよう気をつけながら、質問してみました。「あの、ヘヴィメタって、なんですか」 すると、驚きましたよ。デーモン閣下は親切! しかも説明がお上手! 私のようなロックシロウト相手に、それはわかりやすく教えてくださったのです。「ハハハ。ロックというのは、わかりますね?」 最初に私に優しく断りを入れてから、こんなふうに話してくださいました。「ロックがいろいろな枝葉に分かれていく中で、速さと激しさを追求したものをハードロックというんですね。♪ガンガンガンガン、ガガーンガンガーンガーン、タターンターンタ、バーンバーンバーンっていう感じ」「ほうほう」「じゃ、速くて激しければ全部ハードロックなのかというと、そうではなくて。そこからまた枝葉が分かれていって。速くて激しいけれど、ドラマティックであったり、仰々しい決めごとを取り入れる。たとえばクラシック音楽のワンフレーズを持ってきて、あるポイントに来たら全員がちゃんと、♪ダダダダーンみたいにベートーヴェンの『運命』のメロディをぴったり合わせる。そういうのを様式美というんですけどね」「はあ~」「簡単に言うと、様式美の要素を入れないと、ヘヴィメタルとは認定されないんです。ハードロックに様式美を持ち込むと、それがヘヴィメタルになるというわけ」「そうかあ。ヘヴィメタって知的なんだ。もっとハチャメチャな音楽かと思ってた」「ハチャメチャなのはパンク。速くて激しいけれど、♪うまく歌ったってしょうがないじゃーん。上手に歌うことになんの意味があるんだ~。ってのがパンク。だけど、ヘヴィメタルは上手じゃないと駄目なの」 これは開眼でした。ロックにそういう区分けがされていたとは初耳です。確かにその前夜、「聖飢魔II」のCDを聴いて、驚いたのです。閣下は歌がうまかった。その上手な歌を聴いているうちに、もう一つ、疑問に思ったことがありました。まるで優秀な家庭教師のように教え方が上手な閣下の優しさに付け込んで、私はさらに質問します。「CDを聴いていて思ったんですが、こうしてお話ししているデーモン閣下はものすごく低温のダミ声なのに、歌を歌っているときの閣下の声は、ボーイソプラノのように高くないですか? どうしてなの?」 すつと、この質問にも明快な答えが返ってきたのです。「それはね、理由があるんです。あれだけの轟音で演奏している中で、低い声で歌うとぜんぜん聞こえないんですよ。高くないと声が通らないから、だからヘヴィメタのボーカルはみんな、必然的に高い声で歌うようになったんです」 いかがですか。聞いてみるものですよねえ。こんな基本的な質問をしたら怒られるかと思って遠慮してしまった過去の数々のインタビューが、悔やまれるばかり。もちろん。お相手を選んで、「話してくれそうかなあ」と判断する必要はありますが、それにしても、「みんなが知っているふりして、実はあんまり知られていないこと」というものは、世の中にたくさん溢れているのです。そして、その根源的な質問をしてみると、ご本人が思いの外、喜んで解説してくださるケースはあるものです。】”

     ああ、なんて親切で説明上手な悪魔なんだ!

    活字中毒R。

    (via toronei)

    quote-over1000notes-jp

    “別れることの最大の辛さは未来を知れないことだと思う。 どんなに成長してどんなに素敵な大人になっても、知ることすらできない。 おめでとうも言えない。”

    No Title Documents (via june29) (via tomato-s) (via biccchi) (via dannnao) (via muhumuhu) (via raqix) (via tetris) (via killerbeach) (via thinkupstudio) (via usaginobike) (via magao) (via d-d-d) (via nemoi) (via marekoromo) (via nemoinemoi) (via slowsteps) (via matsubokkuri) (via k32ru) (via y1s) (via jesuisunechatte) (via yudaimori) (via theemitter)

    「数学が苦手」「国語が苦手」ってよく言うと思うんだけど、

    苦手/不得意かどうかなんて、それこそ最低限勉強して概要を掴まないと判断できないと思うんだよなぁ。

    義務教育や高等教育の価値がわからない程度だったら勉強と人生経験が足りないんだよ。

    学び不十分で「苦手だ」とか言ってる人は、後悔する前に黙って勉強してたら良いと思う。

    空っぽの元気。

    元気はない。

    今となっては味方が少なくない。

    でも、心はズタズタなんだ。

    人に元気は分け続けてきた。できることはしてきた。それを全部自分のものにして消えていった人もいた。

    自分を気にかけてくれる人は少なくない。会う度に「元気?」と聞いてくる。

    でもいつも答えに詰まる。だって全く元気はないから。

    それもカケラも復活できる兆しはない。だから安易に「元気?」って聞いてこないでほしい。

    聞くなら「元気なんてないです」って返されることを受け止めほしい。

    「元気じゃないです」っていうと、もちろん心配してくれるけど、毎回「元気ない」アンサーをしていると不思議な顔をされる。

    いや、もうそんな簡単に復活できる安直な話じゃないんだよもう。

    人に元気を分けることは嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも周りはそれをひたすらに奪っていく。かならずしも自分に元気を再び与えてくれるひとは多くない。もらっていくだけ。

    ズダボロの自分は、もう今は元気は空っぽ。

    内側から湧いてくる分の元気はもうゼロ。だから元気に「なる」のはもう不可能。

    他人から元気を「もらう」以外に元気になレないことを悟った。

    でも奪う人は多くても、分けてくれる人はかなり少ない。

    でも「元気?」って聞いてくる。しょうがないから「元気ですよ〜」って答える。

    愛の見返り。

    来月で30になる。目前にして分かったこともわからなかったことも多い。

    「愛情や優しさに見返りを求めるべきではない」って時々聞く。

    今は酒も飲んでいるので、これについて書いていこう。

    まず、そんなことはない。絶対に。愛も優しさも見返りがあるべきである。

    絶対にみんなそうでしょ?ほら、正直に言ってごらん。恩を仇で返されるなんで気分最悪でしょ。

    でもその見返りも愛であるべき。愛は愛で返すべき。心は心で返すべき。

    それは「ありがとう」とか、そんな一言とかでも十二分に事足りたりもする。

    20代前半は、少しずつ外の世界の「心」に触れ始めた時期だった。中盤戦は本当の意味で孤独で、後半戦は自分以外の世界に愛情を向ける価値を知った。

    でもその間、いくら愛情を向けても最後には裏切られ利用されたり、都合の良い道具として扱われたこともたくさんあった。今でも傷は深いままだ。

    今までは、あんまり自分で自分を良いように表現するのは気が引けていたからしなかった。でも、絶対に譲れないテーマとかに関しては気にしないようにしよう。

    自分は他人であっても、できることはしてあげたいし、愛情を向けたいと思う。シンプルにそうしたいからだし、その行動から愛情が見返りとして返ってくると尚幸せ。

    それを10年くらい続けてきたと思う。本当に孤独だった時に比べれば、自分の周りには愛情深い人々が繋がってくれている。

    でも、さっき書いたような、自分を都合よく利用する人も多くなった。それには悪意とかではなく、単純に都合がいいらしい。

    自分から元気や時間を吸い取っていく人が少なくない。でも自分に元気がない時や助けて欲しい時に、元気を分けてくれるわけでも、そばに寄り添ってくっれるわけでもない。自分の都合で近づいていただけなんだね。自覚がない人もたくさんいる。

    こんな気持ちは嫌だ。愛は愛で返されるべきだ。それこそが全員が幸せになるはずなんだ。